冷たい向日葵 ※やや不健全 夏子と私の逢瀬は短い。昼休み、大学の図書館の一角、向日葵が見える窓際の席がいつもの場所。 私は知っている。本棚の影から私たちの姿を彼が覗いているのを。彼の燃えるような目を、私は知らないふりをしている。 夏子が私の頬に触れる。白く細長い指先はひやりと冷たく、気持ちがいい。夏子は言う。 「美冬、名前とちがって温かいよね」 「夏子は冷たい」 「手が冷たい人は、心が温かいんだって」 「私は体温が高いから心が冷たいのかな」 「どうかな」 私は自分の頬を撫でる夏子の手を包んだ。互いの存在を確かめ合うように、触れ合う。私は夏子の手を取り、甲に軽く唇を落とした。夏子は物足りない顔をした。彼女の人差し指が口元に近づき、私はそれを咥えた。夏子の微笑みは、慈愛に満ちながらもひどく蠱惑的で、彼女の指を一本一本口に含み、ゆっくり味わう。本棚の向こうからごくり、と唾を飲む音がする。夏子はにやりとした。 「ねぇ、のぞき魔がいるみたい」 夏子は薄手の青いハンカチで指を拭いながら、「いい趣味してるね、あなた」と嘲った。 男は静かに、でも腹の底から振り絞るような震える声で言う。 「お前はその女に騙されてるんだ」 夏子を奪われた怒りは凄まじいようだ。騙しているつもりなどないけれど、思わず身体がこわばる。夏子は、「残念だけど、私は美冬と付き合っているから。ごめんなさいね、」と突き放し、固まる私を抱き寄せた。彼は「覚えていろ」と吐き捨て、帰っていった。夏子は彼が消えたことを確認すると、私を抱きしめた。 「美冬、怖がらせてごめんね」 「ううん、大丈夫」 「もう二度と近寄らせないから」 私は、知らない。 彼が夏子ではなく、私を見つめていたことを。夏子は気付いていて、挑発していたことを。 私と夏子の逢瀬はきっと続くだろう。 夏子の肩越しに向日葵がゆれている。カーテンをはためかせる風の音が、大きくなった気がした。 (了)