「そのカッコしてっと、真ちゃん雨似合うなぁ」
雨の日、傘をさしながら高尾は前を歩く緑間を見守った。緑色のレインコート、カエルを模したそれは帽子のところに耳のような目のような飾りがついている。小さなコンパスで懸命に前を歩く緑間を見ながら、高尾はその背中に声をかけた。
「でもさぁ真ちゃん、こんな雨ん中、公園行ってもお友達はいねぇと思うぞー?」
「今日のらっきーあいてむはブランコなのだよ。一人でも行けるから、文句があるのなら高尾は家でるすばんしてるのだよ」
「言っとくけど、ブランコ持って帰れねーからね? 文句なんてねーから、お供させてもらいますよー」
「フン」
緑間は高尾に言葉を返すために歩くのを止めて振り返った足を、また進行方向へ向けて歩き出した。なにか様子がおかしい。昨日からなにかがおかしいのだ。違和感に高尾は首を傾げた。
普段ならこんなに足早に、彼にしては足早に公園に急ぐことなどない。一体どうしたというのだろう。高尾が考えている間に公園に辿りつき、桃色の可愛らしい傘が先客の存在を教えてくれた。
「あ、やーんミドリンのレインコート可愛いー」
先にいたのは桃井と青峰だ。濡れたベンチには座ることもできず、公園の真ん中辺りに桃井は立っていた。青いクマを模したレインコートを着ている青峰は植木の辺りをなにやらあさっている。何をしているのかと高尾がそちらに気を取られていると、緑間もそこに駆け寄っていった。
「なんだぁ緑間。おまえも気になってんじゃねーか」
「べ、べつに気にしてなどないのだよ。たまたま通りかかっただけだ」
「ふぅん、べつにいいけどよ」
そんな会話を交わして二人は植木の周りを懸命に覗きこんでいる。明らかに何かを探している様子に、高尾は立っていた桃井に近寄って尋ねてみた。
「あれ、何探してんの」
「それが、青峰君教えてくれないの。教えてくれたら手伝ってあげるって言っても、なんも探してねーよって」
困ったように眉を下げる桃井に、高尾は緑間に視線を移して近寄らないまま声をかけた。
「真ちゃーん、なにやってんの」
「…さんぽなのだよ」
茂みを避けていた手を止めて、それでも振り返らないまま緑間は答えた。
「茂みのなかを?」
「み、道なき道をゆくのもまたじんせいなのだよ!」
「どこで覚えたのそんな言葉。まぁいいけど、枝で怪我すんなよー」
子供の自発性と好奇心は大切に。とりあえず様子を見守ることにした。眺めていると、うろうろと動き回っている二人が段々と焦っているのは分かった。それでもまだ二人は助けを求めてこない。
一体何を探しているのだろう。そう思っていると明るい声が遠くから響いてきた。
「ももっちー! あっ、たかおっちも!!」
見れば黄色いキリンのレインコートを着た黄瀬が走ってくる。その後ろにはスーパーの袋を提げた笠松が見えた。一瞬視線を離した間に、笑顔で走ってくる黄瀬が転ぶ。3秒そのままの姿勢で固まって、起き上った黄瀬は泣きながら今走ってきた道を戻って笠松のところに駆けて行った。
「セーンパーイ! ころ、ころんだッスぅぅうええ」
「見りゃわかんだよ。長靴で走りづれぇんだから、走ってんじゃねーよ泣くな!」
手を伸ばしてだっこを強請る黄瀬を抱きあげれば笠松の服にも泥がついた。それにもかまわず笠松は黄瀬を抱き上げたまま、4人のいる公園にやってきて足を止めた。
「なにやってんだ? あれ」
見るからに不審な動きをしている子供二人を見て、保護者に問いかける。だが答えるすべを持たない保護者たちは首をすくめ、傾げるばかりだ。
笠松にしがみついて泣いていた黄瀬は涙を拭くと、植木の側にいる二人に明るい声をかけた。
「二人とも、あのわんわん探してるっスか?」
「バカ! 声がでけぇよ!」
「バレたらどうするのだよ!!」
黄瀬の言葉に二人が慌てふためいてその口を塞ぎにかかるが、黄瀬は笠松に抱きあげられているためとても届かない。
「わんわん?」
黄瀬の言葉に桃井が首を傾げれば、事情を知っているらしい笠松が青峰と緑間がいた辺りの植木を指さして補足した。
「あの辺りに昨日犬が捨てられてたんだよ」
そんなの聞いていない。高尾はようやく違和感の正体に気が付いた。違和感は緑間が隠し事をしていたから感じていたのだ。
「あのわんわんなら、きのー二人が帰ったあと、くろこっちががんばってせーりんの人たち説得したから、せーりんの人たちポン負けして、飼うことになったッス」
「根負けな」
「こんまけ」
笠松の指摘にすぐ言いなおし、くろこっちカッコよかったっスと笑う黄瀬を見上げ、青峰と緑間はぽかんと目を見開いている。上を向いているせいで口も開いて、余りの表情に携帯電話に写真で収めればシャッターを切る音で我に返った緑間がぷんぷんと怒ってみせた。
公園にいる理由を失い、緑間と高尾は帰路についていた。行きの勢いもなく、少し俯き気味で隣を歩いている小さな頭を見下ろして、高尾は尋ねた。
「なんで犬のこと黙ってた?」
特別叱責の色をもつ声ではなかった。けれど、子供ながらに疾しさを抱えていたのか、問われて緑間はますます俯いた。人のせいにするわけではないが、そう前置きをして、普段の不遜な声とは比べ物にならないほど小さな声でぽつりぽつりと理由を口にした。
「…赤司が、飼い主のいない犬は見つかったらつまかってころされてしまうのだと」
飼ってやるにしても、昨日はもうワガママを3つ使い切っていて頼めないし、自分にできるのは犬を隠しておくことだけだったのだと雨音に交じりながら緑間は言った。
説明も言い訳も終わったところで、高尾は緑間ではなく前を向いたまま、ぶっきらぼうに小さくなっている子供の名を呼んだ。
「緑間ぁ、今度から隠し事はなしな。犬を守りたいっていう気持ちは大切だけど、話してくれれば一緒に飼い主探したりとか、してやれることはあるかもしんねーんだからさ」
助けてと言うことと、ワガママは違う。意地を張って独りで生きようとしないで、助けてほしいときはそう言ってほしい。それは分かってほしくて、高尾は緑間の頭に手を置いた。
「…話さなくて、ごめんなさいなのだよ」
「うん、今回はもういいよ。次からな」
そろそろと伸ばされた手を取って一緒に家までの道を歩く。長靴で水たまりに飛び込んで水を跳ねさせる緑間に仕方なさそうに高尾は笑った。頭上の空はもう明るくなっている。雨は直に止むだろう。弾む歌声が道路に響いた。