「犬です」
「犬だね」
「わんわんッス!」
「犬だ。わんわんなど、バカまるだしなのだよ」
「ひどい!」
ふくれっ面で文句を言う黄瀬は何処から見ても愛らしいが、あいにく今この場にいる同年代の子供たちはそれをもてはやしたりはしなかった。
黒子、赤司、黄瀬、緑間がぐるりと輪を作って頭を寄せ合っていると、それに気づいた紫原と青峰も近寄ってきた。
「あ、いぬだしー」
「マジだ。つーかこいつ、テツに似てね?」
「ホントだ! くろこっちにそっくりっス!」
黒子が見つけたその犬は黒子に抱えられている。黒子と犬の顔が近付いているため、よく見比べることが出来た。目がそっくりだとキャッキャと黄瀬や青峰が笑う中、緑間は少し離れたところにある段ボールに置かれた紙に気が付いた。
「なにか書いてあるのだよ」
拾ってみれば文字が書いてある。読める人、と6人で頭を突き合わせて覗きこめば、赤司がそれを見て言った。
「てください」
「最初のはなんだよ」
「僕だって漢字はまだしらない」
「むろちんに聞いてくる。むろちーん」
紙を持って紫原は少し離れたところで様子を見守っていた氷室のもとに歩いて行った。今日の子供たちの保護者担当は氷室と火神だ。近所の公園で皆で遊ぶ時は、それぞれの保護者が順番に全員の面倒をみることにしている。
子供たちは氷室と紫原のやりとりを見守った。声は聞こえる距離にいない。頷いた紫原が戻ってくる。
「ひろってください、だって」
「なんだよ拾ってくださいって」
「すていぬ、ということか」
「ひどい!」
緑間が出した答えに黄瀬が叫ぶ。それに追い打ちをかけるように、赤司は言った。
「ということは、こいつはこのままだとほけんじょに連れていかれて、ころされてしまうということか」
「ころされちゃうんスか?!」
「飼い主がいない犬や猫はそうなるんだよ」
あっさりと言われた現実に、黄瀬と青峰と緑間がふるふると震えあがった。犬を抱いている黒子の表情に変化はない。紫原も、分かっているのかいないのか、黄瀬に問われて「赤ちんが言うなら、そうなんじゃない?」とのんびりとした口調で返した。
「赤司っちはどうしてそんなにへいきそうなんスか?」
「僕、言うことを聞かない犬は好きじゃないんだ」
「そういう問題ッスか」
まだ言うことを聞くか聞かないかなど分からないのに。あんまりだと震える黄瀬を尻目に、緑間と青峰はとりあえず飼い主を見つけることを考え始めた。
「紫原、黒子、おまえのところでは飼えないのか」
「えー、わかんない。室ちんに聞いてくるしー」
「僕も聞いてきます」
犬を抱いたまま、黒子は歩きだそうとして、足を止めた。火神がいない。何処に行ってしまったのかと辺りを見回せば、氷室が指さしているのが見えて黒子はそちらを見た。いた。シーソーの向こう側で、頭を抱えて震えている。
「タイガは前に犬に追いかけられたことがあって、犬が苦手なんだよ」
「…そうなんですか…」
聞く前に答えが出てしまっている。諦めた黒子の横で、紫原が氷室に尋ねていた。
「ねぇ室ちん、うちで犬飼える?」
「うちはマンションだから、どうだろう。管理人さんに聞いてみないと。でも敦、敦は犬の面倒ちゃんと見れるか? ご飯もお菓子も半分こして犬にあげられる? 散歩だって行かなきゃいけないし、トイレの世話だってある。敦にそれ全部ちゃんとできるか?」
「…室ちん、手伝ってくんないの?」
「敦が飼いたいって言うなら、ちゃんと敦が責任もたなきゃだろう?」
「……」
笑顔で言われて、紫原は氷室から黒子に視線を移して言った。
「ごめん黒ちん、ムリ」
「そうですか…」
赤司を抜いた残り3人がどうにかして犬を引き取らなければ、この犬は悲しい運命を辿ることになる。責任の重さに、ごくりと青峰と緑間、黄瀬は喉を鳴らした。
「うちはさつきに、いや、桜井に聞いてみる」
「俺も一応、聞いてみるのだよ。高尾なら、もしかしたら」
そう言った青峰と緑間のお迎えがちょうどよくやってきた。それを見た二人の顔がゆがむ。今日のお迎えは二人が望んだ人ではなく、宮地と今吉だった。
「緑間ぁ、おまえなんだその顔はー。いっぺん轢くぞ本当によー」
「た、頼みたいことが」
「は? 今日のワガママもう3回終わってるだろ? ほら、早く帰んぞ。じゃあなー」
「ちょっ、待つのだよ…!」
先を歩いて行ってしまう宮地を緑間は慌てて追った。それを見送ってから、今吉も青峰と向き直って言った。
「青峰も、酷いやん。傷ついたわー。ワシ、こう見えて繊細なんやで? おまえと同じで」
「笑ってんじゃねーよ。ナメてんのか」
明らかなからかいの色に青峰が怒る。犬を飼いたい、と一応言ってみたが、笑顔で駄目だと返された。今吉の言葉は大体が氷室と同じだったが、氷室と違うのは青峰にできるか尋ねるのではなく、青峰には無理だと決め付けたところだった。
「どうせ桜井辺りに世話押し付けるんが目に見えとるやん。あかんで青峰。いくら勝てば官軍言うても、命を扱う以上無責任なことは許されへんわ」
「決め付けてんじゃねー。俺だって犬くらい飼おうと思えばなぁ」
「はいはい、今日の夕飯の当番は桜井だから期待しよな。ほな、みんなバイバイなー」
「聞けよ!」
結局最後まで聞く耳を持たなかった今吉に連れられて、青峰も帰ってしまった。残る黄瀬にかかる責任は重い。駄目だったらどうしようとおののく黄瀬に、黒子は意を決したように言った。
「この犬を見つけたのは僕です。僕がせきにんをもちます」
「でも、どうするっスか。かがみっちは犬が苦手だから、くろこっちのところでは飼えないっスよ?」
「うちで飼えないのなら、僕がここに住みます」
「ここって、公園にー?」
「はい」
紫原の問いかけに、黒子は力強く頷いた。それを見た紫原はいつもと変わらない表情のまま、それでもなにか感じるものがあったらしく赤司にどうしようと尋ねていた。
「どうしようもこうしようも、テツヤが決めたのならそれでいいんじゃないか」
赤司は言う。紫原はそれで納得したようだが、それではよくないのは黄瀬にだってわかる。いくら断言した黒子がカッコよく見えても、よくないことくらい分かるのだ。
どうしたらいいのだろうと思っている間に、赤司は先に帰ってしまった。助けを求めるように視線をさまよわせていると迎えの笠松がやってきて、黄瀬は跳ねるようにして駆けよっていった。
「センパイ、くろこっちが…」
「はぁ?」
黄瀬の説明を受けて笠松が目を向ければ、紫原が氷室に黒子の決意を伝えたのだろう。そこから火神に伝わり、子供が中で遊べるドーム型の遊具に閉じこもっている黒子に対して腰が引けている火神が何かを訴えかけていた。
「こら黒子! 無理に決まってんだろ早く出てこい!! 帰るぞ!」
「だめです。僕はこの子とここに住むことに決めたんです。帰るときはこの子も一緒じゃなきゃだめです」
飽きた。