ゼーガペインに関するTogetterを見て、パワードスーツとしての巨大ロボットが作品に出てくる必然性。ゼーガペインの場合は身体性のない主人公が現実世界で活動するためのもの。それはそれで説得力があるといえばあるのだがでも、ちょっと大きすぎない?
転じて、マジンガーやゲッターあたりを祖とする乗り込み型巨大ロボットも基本は「人間の身体性の拡張」といえるのだろうが、「敵が大きいから」ってのは、なし。ウルトラマンを倒したゼットンを無能な科学特捜隊が倒したではないか。ということで「作品としてのハッタリ」をとりあえずさておき、なんであんなに大きくなるのか。100メートル級のスーパーロボットがいたな(そういえば、「リアルロボット」と対比される「スーパーロボット」という用語は、アメコミの「スーパーヒーロー」と同じ発想に基づくものなのか? トランスフォーマーはアメコミヒーローでありながらスーパーロボットでもある?)。単純に大きければ強いというのはちょっと。惑星が変形して人型になるユニクロンが、10メートルかそこらのガルバトロンを指でつまむというのはありえないと思うのだが。ピッコロもベジータも巨大化はすぐやめたではないか。
ところでマジンガーとゲッターの区別がつかない。いや、見た目にはつくけど。どっちかが永井豪なんだよね。でもどっちが先なんだっけ?
(Wikipediaに寄り道中)
どっちも永井豪だった。マジンガーが先で、ゲッターは変形・合体ロボの走り、と。
で、まあ、なんでロボットは大きくなったのか。機能を拡張したいと思いつつ技術が伴わなくてだんだん大きくなってしまうから? 恐竜かよ。まあ、鉄人は戦後まもなくで技術もなく小さくできなかったとかそんな感じがする。物資があったのは驚きだが(ということは、28号FXはもっと小さく、それでいて強くあるべきではなかったか)。
そもそも日本人は小さくまとめ上げるのが好きとかいわれているんじゃなかったっけ。
うーん。小さい乗り込み型ロボット……ボトムズとかガサラキとか? ありゃ戦車ものの変奏で、ロボットという感じは……。
いやでもむしろ「乗り込み型ロボット」として優れているのは、乗り込まないで体に装着するような(矛盾)パワードスーツで、それって仮面ライダー? 宇宙刑事? 戦隊ヒーロー?
さらにいえば、究極は「装着」しないでも強くなれればいいわけで。
理力とか。魔法とか。
A.C.クラークの第三法則か。
しかしこうなるともはやロボットものではない。