※原作にはないスティーブンの喫煙描写を含みます
「スカーフェイス。火、貸して頂戴」
白い指を俺に差し伸べて、K・Kはひどく不服そうに言った。
肺に充溢する煙をすっかり吐き出してから、隣に立つ彼女を見る。ルージュをひいた唇、その間には見慣れたシガー。どうやらライターを忘れたらしい。愛煙家の彼女らしくないミスだった。
「……何よ」
「別に。珍しいなと思っただけさ」
俺を睨めつける隻眼に肩を竦めて見せる。眼光が一層鋭くなった。心のうちを語っただけでこの仕打ち、不条理だ。そんなに俺に頼み事をするのが嫌か。
とはいえK・Kの俺に対する当たりの強さは今に始まった話でもない。言われた通り、ポケットからオイルライターを取り出す。
「悪趣味ね」
ケースに施された過剰な装飾を視線でなぞり、彼女は顔をしかめる。三下のチンピラが持っていそうなデザインについては俺も同意見だった。
「プレゼントなんだ」
女からの、とは口にしなかった。K・Kがその情報を必要としているとは到底思えなかったからだ。案の定、彼女は大して興味もなさそうに「そう」と言った。
「まあ、ライターとしての機能さえ果たしてくれれば、この際趣味の良し悪しはどうでもいいわ」
なかなかライターを手渡さない俺に焦れたのか、K・Kの指先が小さく空を掻く。その時、俺の心の中にちょっとした悪戯心が芽生えた。
「スカーフェイス、さっさとそいつを‐‐‐‐」
K・Kの言葉が終わるより、俺がライターを手放す方が早かった。自由落下する小さな物体を全力で蹴り飛ばす。光を反射したライターは鈍色に輝きながら遥か彼方へと消えて行った。
K・Kは呆気にとられた様子で立ち尽くしていたが、すぐに正気を取り戻すと怪訝そうな目で俺を見た。
「ちょっと、どういうこと」
「どうもこうも、君が見た通りだ。君に火を貸そうにも、僕はもうライターを持ってない」
俺は吸いさしを自分の唇にあてがい、K・Kに向かって空の両手を見せる。すると彼女はこちらの意図を察したのか、美しい顔にこの上なく不愉快そうな表情を浮かべた。
「アンタってほんっと最低の男ね」
吐き捨てるように言って、シガーを咥えたK・Kが俺の方に顔を寄せる。それぞれの煙草の先端同士を軽く触れ合わせると、じりじりとシガーが焦げていくのが分かった。
「この間はラッキーストライクだったくせに、今日はフィリップモリスなの」
「特にこだわりがないから、目についた銘柄を買うことにしてるんだ」
「それならいっそ吸わなきゃいいじゃない」
そう言うK・Kにどう返事をするべきか考えていると、不意に双方にとって馴染み深い香りが漂った。どうやらシガーの方に炎が燃え移ったらしい。
目的が果たされた以上、こうして顔を突き合わせている必要はない。俺たちはどちらからともなく元の立ち位置に戻った。
ほんの少しだけ名残惜しいと感じてしまったことは、気のせいだと思うことにしよう。