むかし、むかし。わたしがまだ"進化"というものを知らないいたいけな蝋燭だった頃、わたしはよくマスターの腕に抱えられていた。他の仲間たちはわたしよりずっと大きくマスターが抱え上げるには重すぎたので、そこは長らくわたしだけの特等席だった。
ひとつ進化して長い腕を手に入れてからは、わたしの方がマスターに抱きついた。体が大きくなったわたしは体重も増えてマスターに全体重を預けることは難しかったが、宙に浮くことを覚えたので加減してじゃれ付きマスターの腕にぶら下がることができた。そんなわたしを、マスターは「あまえたさんね」と抱きしめてくれた。
ふたつめの進化で、わたしの手に火が灯った。「きれいね」とマスターは笑ったが、わたしはゆううつだった。こんな腕では、マスターに触れることができない。わたしの中で燃えている炎は熱くないとマスターは言うが、ヒトの誰かが言うことには、わたしの炎はヒトの魂を燃やしてしまうらしい。マスターが燃えてしまったら、きっとわたしには何も残らない。マスターがきれいと褒めてくれた灯りも消えて、床に落ちて朽ちてしまうだろう。
「最近は、あまえたさんを卒業したのね」
少し離れた位置にいたわたしの顔を覗き込んで、マスターは瞬いた。
ちりちりと、火がものを焦がす音がする。わたしの炎ではない、わたしの炎は音もなくすべてを燃やし尽くすから。これは、マスターの音だ。
マスターの瞳にわたしが映りこんでいる。その奥で、青い炎が燃えていた。マスターもわたしとおそろいで炎を持っているようだ。わたしの炎がヒトの命を燃やしているのなら、マスターの炎はどうやって燃えているのだろう。
「シャンデラ?」
ちりり、音がする。
ああ、マスター。まぶたを閉じて、はやくその火を消してください。あなたの命が燃え尽きてしまう、その前に。